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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9292号 判決

原告

相田彰

外七九名

右原告八〇名訴訟代理人弁護士

山元康市

被告

坂本定吉

外二名

右被告三名訴訟代理人弁護士

芝康司

山本寅之助

森本輝男

藤井勲

山本彼一郎

泉薫

矢倉昌子

阿部清司

橋本真爾

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、全大阪個人タクシー協同組合に対し、各自金二三二二万九五〇〇円及びこれに対する被告坂本定吉は平成二年一二月一九日から、被告杉岡猛は同月二一日から、被告河合清は同月一八日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、全大阪個人タクシー協同組合の組合員である原告らが、同組合の理事である被告らに対し、その任務違背を理由として、代表訴訟(中小企業等協同組合法四二条による商法二六七条の準用)により、右組合への損害賠償等を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも全大阪個人タクシー協同組合(以下「全大阪組合」という。)の組合員であり、そのうち原告高橋吉久(以下「原告高橋」という。)は、同組合淀川支部の組合員をもって構成する淀川個人タクシー組合において理事長の地位にあるものである。

また原告永井省三(以下「原告永井」という。)は、右淀川支部の推薦もあって、平成元年九月二七日から二年間、全大阪組合の会計監事に就任していた。

(二) 被告坂本定吉(以下「被告坂本」という。)は同組合の理事長、被告杉岡猛(以下「被告杉岡」という。)は同組合の副理事長、被告河合清(以下「被告河合」という。)は同組合の専務理事をそれぞれ務めるものであったが、同時に、被告坂本は昭和五五年一〇月二八日から、被告杉岡は昭和五二年一月七日から(但し、同五四年三月三一日に一旦辞任した後、同五八年七月二六日に再度就任した。)、被告河合は同五四年三月三一日から、それぞれ有限会社全個商事(以下「全個商事」という。)の取締役等の役員に就任していた(甲七、証人馬原薫、同内藤文雄、原告永井)。

2  全大阪組合による退職金の分配

(一) 全個商事からは、被告三名の個人口座に対する入金がなされていたが、平成元年七月二六日、右坂本は金四三九万七五四七円の、右杉岡は金二七〇万九三八七円の、被告河合は金五〇四万三〇七四円の、いずれも全個商事預り金を名目とする領収証を全大阪組合に渡した(甲八ないし一〇、一六ないし二四)。

(二) そして、全大阪組合からは、平成元年一二月五日、いずれも退職金として、被告坂本に対しては金三二五万円、被告杉岡に対しては金一二一万三〇〇〇円、被告河合に対しては金一〇〇万一五〇〇円が支払われ、そのころ、他の理事らについても退職金が支払われたが、この原資には、右の全個商事から被告らの個人口座に支払われていた金員のほか、全大阪組合から仮払いを受けた金一〇七万九四九二円が充てられた(甲一一ないし一三、二五ないし八二、被告坂本)。

3  本件訴え提起に至る経緯

原告らのうち五六名の者は、全大阪組合に対し、平成二年一一月五日到達の書面をもって、前記2(二)の支払により、被告三名が全個商事から右組合に支払われた金員を不法に領得したなどと主張して、その責任を追及する訴えの提起を請求した。しかし、同組合から、同年一二月四日、右金員は全個商事から被告ら個人に支払われたものであるとして前記請求に応じられない旨の回答があったため、前記請求をしていないその余の原告ら二四名を含む本件原告らは、同月一一日、本件訴えを提起した(甲一一八の一及び二、一一九)。

二  争点

1  本件訴えの適法性

2  被告ら訴訟代理人らの訴訟行為について弁護士法二五条一号後段違反の有無及びその効力

3  全個商事から支払われていた金員の性格

(原告らの主張)

(一) 右金員は、全個商事が、「有限会社全個商事の社員の地位等に関する確認」決議に基づき、同社社員でもある被告らを選任した母体たる全大阪組合に対して、社員派遣の報酬金として支払ったものである。

(二) 仮に右金員が被告らの役員給与であったとしても、全大阪組合と全個商事とは、損害保険代理業務の分野において競争関係にあるところ、昭和五二年の全大阪組合理事会決議において介入権(商法二六四条三項)が行使されたことにより、被告らは、全個商事からの役員給与債権を全大阪組合に移転する義務を負っているものである。

(被告らの主張)

(一) 右金員は、被告らが全個商事の役員であるところから、その役員給与として被告ら個人に支払われたものである。

(二) 全個商事は、全国のタクシー協同組合が扱っていない保険種目を扱うという補完的な目的のもとに設立されたものである。全大阪組合の取扱種目には交通傷害保険及び所得補償保険がないのに対し、全個商事は主にこれを取り扱っているものであるから、両者の間に実質的な競争関係はない。昭和五二年の理事会においても、被告らに支給された報酬をプールしておき、その使途を理事会で決する旨の申し合わせが各受給者個人と理事会との間でなされたにすぎず、理事会決議があったわけでも介入権の行使があったわけでもない。

そして、前記退職金の支払いも、平成元年一〇月の理事会において、右金員を役員退職金に用いる旨が決定されて実行されたにすぎない。

4  被告らによる全大阪組合の業務妨害の有無

(原告らの主張)

被告らは、次のような行為により、全大阪組合の業務遂行を妨害し、同組合の名誉信用を毀損した。

(一) 原告永井に対する監査業務妨害

被告らは、平成二年九月二五日開催の全大阪組合第二七回通常総代会において、同組合監事である原告永井に対し、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書及び剰余処分金案又は損失処理案の閲覧を正当な理由もなく拒否し、右永井の意見書添付も認めなかった。

(二) 被告らは、右(一)のとおり、監事として全大阪組合の事業遂行に尽力した原告永井及び監査妨害の非を認めて被告らに善処を申し入れた同組合理事である原告高橋吉久(以下「原告高橋」という。)の言論封殺を企て、臨時総代会を開催し、右両名を除名する旨を宣伝した。

5  損害額

(原告らの主張)

(一) 前記一2(一)記載の被告ら三名が全大阪組合から受領した合計金一二一五万〇〇〇八円

(二) 同(二)記載の仮払金一〇七万九四九二円

(三) 前記4記載の被告らによる業務妨害による全大阪組合の名誉信用毀損による損害は、金銭的に評価すれば金一億円以上に相当するが、原告らは、そのうち金一〇〇〇万円を請求する。

第三  判断

一  争点1(本件訴えの適法性)について

原告らのうち、前記第二の一3記載の請求をすることなく、本件訴えを提起した二四名の者については、中小企業等共同組合法四二条、商法二六七条一、二項所定の提訴前の手続を履践していないことが明らかである。

しかし、右条項の趣旨は、会社に対し自ら取締役の責任を追及すべき義務の懈怠を是正する機会を与えるとともに株主にも慎重な手続を履践させることによって濫訴の弊を防止することにあると解されるから、かかる趣旨に照らすと、同時に訴えを提起した他の原告については、右条項所定の手続を履践しており、かつこれに対して全大阪組合が訴え提起の意思のないことを回答している本件においては、右条項の趣旨は実質的に達せられたものといえ、その瑕疵は治癒されたものと解するのが相当である。

したがって、提訴前の手続を履践していない原告を含め、原告らの本件訴えは適法である。

二  争点2(被告ら訴訟代理人らの訴訟行為について弁護士法二五条一号後段違反の有無及びその効力)について

原告は、本件被告訴訟代理人らは、本件代表訴訟と請求の基礎を同じくする別の訴訟で全大阪組合の委任を受けて訴訟行為を行っているから、本件で被告らから訴訟委任を受けることは、弁護士法二五条一号にいう「相手方の依頼を承諾した事件」について職務を行う場合に当たり、許されないと主張する。

しかし、弁護士が訴訟手続において弁護士法二五条一号違反の訴訟行為を行ったとしても、同号にいう相手方が何らの異議を述べなかったときは、訴訟法上完全に効力を生ずるものと解するのが相当であるところ、本件において、仮に全大阪組合が同号にいう「相手方」にあたるとしても、同組合において異議を述べたと認めるに足りる証拠は全く存しないし、組合が提訴しない場合に組合員が独立して訴訟を提起するという代表訴訟の趣旨に照らせば、原告らを同号の「相手方」とみるのは相当でないから、本件被告訴訟代理人らの訴訟行為の効力を否定する理由はないというべきである。

三  争点3(全個商事から支払われた金員の性格)について

1(一)  前記争いのない事実及び証拠(乙一の一ないし九、乙二の一ないし一一、乙三の一ないし八、乙四の一及び二、乙五ないし一六、乙一七の一及び二、乙一八ないし三八、証人内藤文雄、被告坂本定吉)を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告坂本及び同河合は全個商事の取締役、同杉岡は同社の監査役の地位にあり、その役員給与が全個商事から各個人口座宛に毎月振り込まれていた。

もっとも、被告杉岡らが同社の取締役に就任したころは、全大阪組合において、同組合から役員として報酬を受領しながら、更に全個商事からも収入を得ることには厳しい考え方があったため、受給者個人と同組合の理事者との間で、右個人の役員給与を将来の組合役員の退職金に用いる旨が合意され、全大阪組合の会計上は、「全個商事預り金」として処理されていた。そこで、被告ら三名も右金員の取扱を従前どおりとし、その振込を受けるために個人名義の預金口座を開設し、預金通帳を全大阪組合に預けていたが、その印鑑は各個人が保管していた。

(2) 昭和五八年ころから、全大阪組合の預り金の総額が大きくなってきたため、公認会計士から預り金を可及的に減らすようにとの指導を受けていたところ、平成元年ころには、預り金が役員の退職金を支払いうるだけの金額となり、同組合の指導機関である中央会(大阪府の外郭団体)からも、組合の決議があれば、役員改選の際に、再選された役員に対しても、それまでの任期に相応する退職金を支払うことも違法ではないとの回答があった。そこで、平成元年の役員改選を期に右預り金を清算することが企図され、同年五月ないし六月に開催された正副会長会議において、預り金を原資とする役員の退職金を支払う旨の案が諮られ、前記預金通帳も各被告個人に返却された。前記第二の一2(一)記載の各被告から全大阪組合に対する全個商事預り金名目の領収証も、右通帳の受領に対するものであり、この時点で全大阪組合から被告らに金員の支払はなされていない。

そして、平成元年一〇月六日開催の理事会において、右の案が諮られたところ、原告高橋を含む全員の賛成により、前記第二の一2(二)記載のとおり、退職金の支給が行われた。この際、前記預り金では九九万〇七三七円の不足金が生じたので、全大阪組合から一旦仮払金として支出して右不足額の支払に当てた。右仮払金は、その後の全個商事からの被告らに対する役員給与から全て返済された。

(3) なお、全個商事から全大阪組合に対して金員が支払われたことはなかった。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  以上によれば、全個商事から支払われた金員は、被告らの全個商事の役員報酬として支払われたものであることは明らかであるから、その支払先が全大阪組合であることを前提とする原告らの主張は採用することができない。

また、全大阪組合による仮払金名目の金員の支出も、同組合の理事会の承認の範囲内でなされたものと推認しうるのみならず、既にこれに対する返済は完了しているのであるから、これによって全大阪組合が損害を受けたということはできない。

2  中小企業等協同組合法四二条は商法二六四条を準用しておらず、右準用を前提とする原告らの介入権に関する主張はそれ自体失当である。

右の点をひとまず措くとしても、証拠(甲七、甲一〇一、証人内藤文雄及び被告坂本)を総合すれば、全個商事は、損害保険代理業を営むものであり、所得補償及び交通傷害を主な保険種目として取り扱っていること、これに対し、全大阪組合も、当初の予定では損害保険代理業を行おうとして定款にはその事業の一つとして記載したが、同組合の配下にある三一支部が保険代理業を行っており、これと競合することになるため、実際の事業としては行っていなかったことが認められ、全大阪組合と全個商事との間に実質的な競争関係は存しないことが明らかであるから、介入権行使を前提とした原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

四  争点4(被告らによる全大阪組合の業務妨害の有無)について

1  証拠(甲五、甲六、甲一〇二ないし一〇四、甲一一〇、甲一一一、甲一一四、乙四〇、原告高橋、同永井(いずれも後記信用できない部分を除く。)、被告坂本)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 平成二年八月二九日開催の理事会において、監査が遅延しているのはなぜかとの質問に対して、被告坂本は、新旧の監事の間で意志の疎通が図られておらず、特に原告永井が一人、退職金の明細等領収書を提出するように要求しているところ、その原資となる全個商事預り金については、前記三1記載のとおり、全大阪組合の決算とは無関係である旨詳細に説明した上、被告三名のものは別として、その他の理事のものについては右要求に応じないつもりであるが、その他の理事の分についても同人らが提出すべきとの意向であれば、これに応じるとして、右提出を諮ったところ、淀川支部理事以外の理事は、提出を拒否する旨の意思表明があったため、その旨の理事会議事録を作成し、原告永井に対しては、被告三名に関する右書類は閲覧させ、その他の者については、右決議どおり、閲覧させなかったが、同議事録には、決算関係一般の書類についてまで、原告永井に対する閲覧拒否の可否まで問題とされた旨の記載はなかった。

(二) また、原告永井は、平成二年九月一八日、意見書及び要望書(甲一一〇)を作成し、右意見書には、①役員退職金及びすべての支出、収入金は帳簿に必ず記載し決算書に記入すること、②今後は、必ず決算書完成の上で会計監査を受けることと併せて全帳簿書類を見せること、③今後一切監査妨害を行わないことが記載されていたが、これら書類を全大阪組合に提出することはなく、同月一九日、近畿運輸局に提出したにとどまり、しかも右運輸局は、同月二五日、当局が預るべきものではないとして、右書面を同原告に返却した。

(三) 平成二年九月ころから、原告高橋及び同永井は、被告らが公金を横領した旨の文書を、全大阪組合の組合員はもとより他の地方の個人タクシー組合に対してまで配付したため、全大阪組合に対する真相の問い合わせ等が多数行われるなどした。

(四) そのため、全大阪組合の理事会では、原告高橋及び同永井を除名しようとの動きが生じ、平成二年一〇月一八日開催の理事会において、右両名の除名に関する議案を総代会に上程すること及び右議案を上程するために臨時総代会を開催することが全員賛成により可決されるに至り、その旨が右両名にも通知されたものの、原告らの申請により、右臨時総代会開催禁止の仮処分決定がなされ。その後右臨時総代会は開催されることなく終わった。

以上の認定に対して、原告永井は、理事会において同原告には決算関係書類を見せる必要なしと決議されたと供述し、原告高橋も同様の供述をしている部分が各存するが、同時に、原告永井は、監査期間内に決算書を見たかもしれない、決算関係の書類を全部見せないということではなく、退職金に纒わる部分を見せないという趣旨である旨供述し、同一人の供述として矛盾が存すること、監査に必要な帳面、伝票その他一切を見せる必要なしとの決議があったと議事録に記載されていると供述するなど、議事録の記載と一致しない供述部分も存すること、同原告の作成した意見書の記載内容も、退職金の明細等領収書の一部閲覧拒否にとどまったことと矛盾するとまではいえないこと等に照らすと、原告永井の前記供述部分は信用することができず、また原告高橋の前記供述部分も信用することができないものといわなければならない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告らにおいては、せいぜい本件全個商事の預り金を原資とする役員退職金に関係する書類については、監事である原告永井の閲覧を拒否したにとどまり、しかも被告坂本においては、他の理事らに関係する退職金関係の書類については、その意向を考慮した結果、その提出を拒否するに至ったものであって、決算関係書類一般についてまで同原告の閲覧を拒否したとまではいえず、更に原告永井はそもそも全大阪組合に対して意見書を提出していなかったというのであるから、決算関係書類の閲覧及び意見書添付の拒否に関する原告らの主張はいずれも採用することができない。

更に臨時総代会を開催して右両名を除名する旨を宣伝したとの原告らの主張についても、全大阪組合の理事会において原告高橋および同永井の除名に向けての動きはあったものの、それは、右両原告の手による誹謗文書により、被告三名にとどまらず全大阪組合自体に対する不安や疑惑が生じたため、これを放置しておくことは同組合の発展に支障をきたすものとして行われたものと考えるのが自然であって、右両原告の言論封殺を企てたものとは到底いえず、この点に関する原告らの主張も採用することはできない。

第四  結論

以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官富川照雄 裁判官瀨戸口壯夫 裁判官田中秀幸)

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